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仙台高等裁判所秋田支部 昭和46年(う)1号 判決

被告人 青柳三喜夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は仙台高等検察庁秋田支部検察官事務取扱検事山岡文雄が差し出した秋田地方検察庁検察官同検事の作成名義にかかる控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は弁護人金野繁、同小野寺照東、同高橋清一共同作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもここに引用し、控訴趣意に対し当裁判所は次のように判断する。

控訴趣意第一(採証法則違反ないし事実誤認の主張)について

論旨は、原判決は、本件公訴事実一、において検察官の主張する事実のうち、『被告人が昭和三九年一月二四日午後六時ころから、秋田総合職業訓練所所長室において、組合員塚田研一と共に、工藤竹蔵に対し、臨時職員を辞するよう説得に当つたのであるが、……被告人は次第に焦燥と憤慨の情が昂じ、大声で「大館、早口に庭をつくつている人を多く知つているからあんたの植木職の出入先をとめることもできる」旨、さらに「あんたの息子が花岡工高にいるそうだが、あそこには知り合いの先生がいるから、その人に頼めば息子のことはどうにでもなる」旨の発言をするにいたつた』旨認定し、右公訴事実中の「臨時職員の仕事をやめてもらいたい、やめなければ大館、早口のあんたの出入先をとめることができるしとめて見せますよ。また、あんたの息子は花岡工高の機械科にいるようだが、自分の従兄弟が花岡工高の田山教頭だから、その先生に頼めば息子さんのことは何とでもできるし、学校に行けないようにしてやる。」との被告人の発言部分については、被告人が「とめてみせる」とか、「学校に行けないようにしてやる」とかの断定的な言辞を用いたとする点、また「従兄弟の田山教頭」という具体的な名を挙げたとする点については、いずれも認定できないとした。

しかし、差戻前原審証人工藤竹蔵の証言によれば、右事実は優に認定できるのであり、原判決は信用性の高い工藤証言の評価を誤り、信用性に乏しい塚田研一ないし被告人の原審公判廷における供述を採用して、これらを恣意的な価値判断によつて選択した採証法則違背を犯した結果、事実を誤認したもので、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

原判決が本件公訴事実一、の脅迫言辞のうち、その大要は認めながらも「植木職の出入先の仕事をとめてみせる。」とか、「息子を学校に行けないようにしてやる。」とかの断定的な言辞を用いたとする点、および「従兄弟の田山教頭」という具体的な名前を挙げたとする点について、いずれも確定し難いとして認定しなかつたことは所論のとおりである。

ところで、原判決も言うように、右公訴事実に沿う唯一の直接証拠は差戻前第一審第五回および第六回公判調書中証人工藤竹蔵の供述記載(以下たんに工藤証言という。)のみであるから、原判決の認定の当否は工藤証言の信用性如何にかかつているということができる。

検察官の所論は、工藤証言の信用性に関し、主として同証人が関係者の尋問に対し、冷静かつ卒直な態度で供述し、証言内容が明確詳細かつ矛盾のないこと、供述時において同証人が組合側に対し悪感情を有していなかつたこと等を挙げ同証言が高度の信用性を有するものと主張している。

なるほど、同証人を直接尋問した差戻前第一審裁判所が所論とほぼ同様の理由により、工藤証言の信用性を高く評価していること記録上明らかであり、また同証言によれば、同人は組合員による説得の内容等を逐一メモしており、本件公訴事実一、の被告人らの言動についても、その当夜作成したメモが存在することが認められるから、右メモの記載が前記脅迫言辞に関し、逐一正確に記載されたものである限り、右メモ等による記憶喚起を経て供述したと認められる工藤証言は、一般的には、信用性が高いということができる。

ところで、原判決は工藤証言の信用性に関し、(一)同人が組合員に対する好感情を持つておらず、むしろ強い対抗意識を有していたことから、被告人の発言内容について誇張した解釈をくださないとも限らないおそれのあること、(二)田山教頭云々の言辞に関しては、後になつて同人を知る者により補充され、工藤が被告人の発言として存在したように思い込むに至つた疑いがあること、を理由として右部分の信用性を否定したものであり、当裁判所も概ね右判断を正当とするものであるが、検察官の所論は原判決の右理由について詳細な反論を展開しているので、以下若干の説明を加える。

まず右(一)の理由について考えるに、工藤証言によると、本件一月二四日の被告人およびつツ塚田研一の説得活動は約一時間に亘つたもので、同証人はその間の被告人の言動および発言内容を当夜、記憶に基づいてメモに記入したというのであるが、本件において争点となつているのは、被告人の発言内容のうちで、公訴事実記載のように「とめてみせる。」とか「行けないようにしてやる。」とか言うところの原判決のいわゆる断定的部分の存否であり、それじたいかなり微妙なものであつて、発言時の雰囲気や態度によつてそのような発言があつたと受けとられる可能性もないわけではなく、また発言内容に関し、メモが存在しているといつても、メモの性質上かかる微妙な点については必ずしも正確を保し難いものといわなければならないのみならず、原判決挙示の証拠によると、同証人が右メモを作成するに至つたのは、当時の秋田総合職業訓練所長阿部光雄の指示によるものと認められるところ、同所長は、その立場上組合側の協約違反その他の違法行為を看視していたばかりでなく、同人じしん同三九年一月一〇日行われた組合側との団体交渉の席上穏当を欠く言動をしたものとして組合側から非難される等のことがあり、組合側に対し、少なからざる反感を抱いていたと推認しうる等の事情に照らせば、同所長が工藤に対し、組合側の言動につき、メモの作成を命じた背後には組合側の違法行為に関する資料収集の目的がなかったとはいいきれず、他方、工藤竹蔵は右阿部所長により当時失職中であつたところを雇われ、同所長に対してはひとかたならぬ恩義を感じていたと認められるところ、同人は採用された一月一四日以来、連日にわたり組合側の説得行為を受けていたのであるから、組合側に対し少なくとも好感情を有していなかつたことは明らかであると同時に、その経過にかんがみ、同人は自己の立場についても、また阿部所長と組合側との対立関係についても充分知悉していると認められ、したがつて、同人が右メモを作成した目的の少なくとも一部には阿部所長の意図を体して組合側に対抗し、その違法行為ないし不当行為を記録する目的が存したものと解しえられるのである。

そうすると、右のような事情のもとにおいては、原判決が工藤証言の前記部分について信用性を否定したことは充分首肯しうるところであるといわなければならない。次に、前記(二)の理由について考えてみると、この点に関し争点となつているのは、被告人が公訴事実記載の「従兄弟の田山教頭」という具体的名前を挙げたか否かであつて、右文言は前記(一)の断定的言辞であるか否かなどとは異なり、かなり具体性をもつた文言であるから、工藤証人が前記のように組合側に対し好感情を有しておらず、むしろ対抗意識をもつていたからというだけで右証言の信用性を否定しうるものではない。しかし、原審で取り調べた証拠のうち右説得時の状況に関する他の証拠なかんずく不利益事実の承認が記載されている被告人の検察官に対する供述調書(イ)、(ロ)においてすら右文言を使用したことは記載されていないこと、また被告人と田山教頭とは親戚関係はおろか、知己の間柄にもなかつたことは原判示のとおりであると認められるから、被告人らにおいて右文言を使用していないと弁解する以上、右弁解を覆えしてまでこれを断定するにはなお合理的疑いを容れる余地があるというべきである。

所論はこの点に関し、田山教頭は右訓練所と従前から職務上接触があり、同三九年一月中旬にも同訓練所に出入りしたことがあるから、被告人には同教頭の地位、名前等を知りうる可能性があつたとして原判決を論難するのであるが、右事実により所論の如き可能性を認めうるとしても、それだけでは被告人の発言として存したと推認しうるものではないのみならず、所論指摘の事実は、同時に当時組合員から入れかわり立ちかわり説得を受けていた工藤証人にとつても、本件における問題の発言以外において知りえた事実かも知れないことを推測させる余地があり、したがつて、直ちに工藤証言の信用性を高める補助事実たりうるものではない。

所論は、また、原判決が本件説得活動の経過の中で、問題の脅迫言辞を申し向けるに先き立ち、被告人らが工藤に対し、就職斡旋の話をもちかけた事実を認定したことをもつて、恣意的な証拠の取捨選択、および価値判断であるとして攻撃するけれども、本件脅迫言辞の部分とこれに先き立つ会話の部分は一応別個独立の事実であり、かつ後者の存否(とくに不存在)が前者の存否の論理的前提をなすものとも認め難いから原判決の認定が直ちに恣意的であるということは出来ないのみならず、記録に徴すれば、原判決が、被告人およびこれと利害を共通にする証人塚田研一が公判廷において脅迫言辞の存在を否定したことは信用に値しないが、これに先き立つ会話の部分についての供述は信用しうるとした判断は全体の会話の流れからみてもむしろ事理に叶つた認定として首肯するに足り、なんら証拠の取捨選択および価値判断を誤つたものではない。

以上のとおりであるから、原判決の公訴事実一、に関する事実認定にはなんら所論の如き採証法則の違背も事実の誤認も存しない。

控訴趣意第二の一(事実誤認ないし法令の解釈適用の誤の主張)について

論旨は、原判決は公訴事実一、に関し、その認定事実を基礎として、右事実は刑法二二二条の予定する違法な害悪の告知にあたらないから脅迫罪は成立しない、と判断した。

しかし、(一)刑法二二二条所定の害悪の告知の有無は、被告知者の主観によつて決すべきものではなく、一般的見地から決すべく、また第三者による加害の告知でも差し支えないから、かりに原判決の認定事実を基礎としても、脅迫罪に該当することは明白で、脅迫言辞が抽象的で実現可能性に乏しいとか、不用意に吐かれたとかの理由により右罪の成立を否定することはできないのであつて、原判決にはこの点において刑法二二二条の解釈適用を誤つた違法がある。(二)もしかりに、原判決が脅迫罪の成立を否定した趣旨は、労働組合法一条二項により正当行為として本件行為の違法性を阻却すると判断したものであるとしても、本件宿日直拒否闘争は、その性質上使用者の手による操業の自由を奪うことができず、使用者が非組合員等を使用して操業する場合、それらの者の就業を阻止するため採りうる手段はいわゆる平和的説得の域を出ることは許されないと解すべきところ、本件における工藤竹蔵は公法人たる雇用促進事業団に属する建物、器具等の財産を火災、盗難等の災害から守るため、使用者の手によつて臨時に雇用された、性質上いわゆる保安要員であるから、原判決認定の事実を基礎としても、かかる脅迫手段をもつて右工藤の就業を阻止せんとした被告人の本件行為は、争議行為の正当な範囲を逸脱したものであることが明らかである。したがつて、原判決は労働組合法一条二項の解釈を誤り、ひいては事実を誤認したもので破棄を免れない、というのである。

まず所論(一)の点について判断するのに、一般的に論ずる限り、脅迫罪の成立に必要な害悪の告知は、それが確定的に加えられるものとして相手方に告知される必要はなく、それが実現可能なものとして告知されれば充分であり、又第三者による加害であつてもそれが自己において左右しうるものとして告知される場合においては脅迫罪の成立を妨げないから、原判決が、被告人において工藤に対し、大声で「大館、早口に庭をつくつている人を多く知つているからあなたの植木職の出入先をとめることもできる」旨、さらに「あなたの息子が花岡工高にいるそうだが、あそこには知り合いの先生がいるから、その人に頼めば息子のことはどうにでもなる」旨の発言をしたことを認定している以上、工藤及びその親族の自由ないし名誉に対し暗に害悪を加うべき旨を告知したものとして脅迫罪の構成要件に該当することはむしろ当然である。そして、原判決が本件が脅迫罪に該当しないとする理由中に、被告人が直接危害を加えることを告知したものでなく、発言内容が断定的でなく抽象的で実現可能性に乏しいこと、発言が不用意に吐かれたもので、当時の状況からして工藤が差し迫つた畏怖感におそわれたわけでないこと等が示されていることは所論の指摘するとおりである。

しかし、原判決は、本件の脅迫言辞のうちで害悪の告知が断定的でなかつたこと、および加害行為をなすべき第三者の名前を具体的に挙げていないことから直ちに一般的類型的判断として脅迫罪の害悪の告知に該当しないと判断したものではなく、右認定事実によれば、一般的には工藤およびその親族の自由または名誉に対する害悪の告知として脅迫罪の構成要件に該当することを一応是認したうえで、右言辞が争議行為に通常随伴する説得活動の場においてなされたものである点にかんがみ、諸般の情況を検討して、争議行為としての正当な範囲を逸脱したものでなく、したがつて工藤もこれを正当な説得行為として忍受すべき立場にあつたとし、いわゆる可罰的違法性を欠くものとして脅迫罪の構成要件該当性を否定したものと解されるのである。したがつて、原判決の挙示する前記理由も本件被告人の行為の争議行為としての正当性判断に必要な諸般の情況の一事情として掲げられたものであるというべきである。

そうすると、所論は右と前提を異にするもので排斥を免れないが、原判決の採用した可罰的違法性論は、いわゆる実質的違法性論の立場から、犯罪構成要件が類型化された行為の全てを予想して立法化されたものではなく、その中で刑罰に値する程度の違法性の実質を具えた行為のみを予想するものであるとの前提に立ち、構成要件該当の外観を呈する行為のうち、右の違法性の実質を具備するに至らない行為については可罰的違法性の欠如を理由に構成要件該当性を否定する考え方と解されるところ、右理論の当否はさておき、従来本件の如き労働組合の争議行為については、それが憲法の保障する労働基本権の行使たる性質をもつことにかんがみ、労働組合法一条二項により刑法三五条にいわゆる正当行為としての違法性が阻却されるか否かという観点から論じられており、この場合においても正当行為の範囲内であるか否かは、諸般の情況を考慮し、当該行為の違法性の実質を、その目的および手段の両面から検討し、正当性を有するか否かを判断すべく、それゆえ、可罰的違法性論によるとまた正当行為論によるとで違法性判断の対象および実質等において特に異なるところはないと解され、実質的違法性を欠く行為につき、一方は構成要件該当性を否定し、他方は違法性阻却を認める点で差異があるに過ぎないのである。したがつて、原判決の右判断は、結局本件について、争議行為としての正当性を認めたことに帰着すると解されるので、所論(二)の点につき、以下に検討する。

まず、原判決挙示の証拠を綜合して認められる本件争議の経過、および昭和三九年一月二四日午後六時ころから同訓練所所長室において、被告人が組合員塚田研一と共に工藤竹蔵に対してなした説得の具体的状況は、おおむね原判決理由二の(一)(二)記載のとおりであるが、これを後記正当性の判断に必要な限度で要約すれば、(1)全国総合職業訓練所職員組合は、昭和三八年一〇月ころから、使用者である雇用促進事業団に対し、年末手当の支給を要求して団体交渉を重ねていたが、交渉が決裂し、中央労働委員会の斡旋も不調に終つたため、同組合本部の指令により、同年一二月二三日から全国の各総合職業訓練所において、一斉に無期限の宿日直拒否闘争を開始した。(2)被告人は当時右職員組合秋田支部(以下単に組合という。)執行委員をしていたが、同支部所属の組合員二三名位も右指令に基づき、即日宿日直業務を拒否したので、使用者側は秋田総合職業訓練所における非組合員五名をもつてこれに充てるほかはなかつたところ、同訓練所の内部規程によれば宿日直員は二名をもつて当ることとなつていたので、同訓練所所長部部光雄は前記事業団からの通達に基づいて、宿直員二名のうち一名を前記職員以外の者をもつて充てるべく、アルバイト学生一名を臨時宿直員として雇い入れた。これに対し、組合は右のようにして雇われた臨時宿直員に対しては、辞職を勧告して説得活動を続けたので、そのつど新たに雇われたアルバイト学生三名はいずれも短時日の間に説得に応じてやめていつた。そこで同訓練所長は同三九年一月一四日、当時失職中で生活に困つていた植木職工藤竹蔵(当時五一年)を約一か月の臨時職員として雇用し、その日から宿直業務に就かせるに至つた。組合は、同人に対しても、就業当日から二、三名の組合員が交替で、土曜、日曜を除き、殆んど連日辞職するよう説得を続けたが、工藤は生活苦を理由にこれに応じなかつた。(3)昭和三九年一月二四日午後六時ころから、被告人は、扉のあけ放たれた同訓練所所長室の応接椅子に工藤と向い合つて坐り、組合員塚田研一と共に工藤に対し、臨時職員を辞するよう説得に当つたものであるが、被告人は工藤および安達係長の同意のもとに説得活動を開始し、話題は宿直業務の内容、事故の責任等宿直一般のことから生活の問題、工藤のし好品や服装等についての世間話等を交えながら行われたもので、約一時間に及んだ説得活動の大部分は平穏な話し合いに終始し、特に緊張した雰囲気もなく行なわれたものであるが、被告人らの意図は当初から工藤に対し、被告人らの行つている争議行為の趣旨を訴えながら、工藤に対し同人の立場を認識せしめると共に同人の自由意思による飜意を促すための説得活動をすることにあり、したがつて、同人の飜意を求めてあれこれ説得したにも拘らず、工藤は生活苦を理由として争議の趣旨に対し理解を示そうとしなかつたため、被告人は次第に焦燥感にかられると共に興奮し、大声で前記原判示の如き言辞を弄するに至つたものである。なお、被告人は間もなく説得活動を断念して退出し、工藤は被告人の右言動に若干の畏怖感におそわれながらも、なおその職を辞することなく同年三月上旬闘争が終了するまで臨時職員としての職務を全うした。

本件の具体的状況は以上のとおりである。

一、争議行為の目的について

まず、雇用促進事業団はいわゆる政府関係機関の一に属する特殊法人ではあるが、組合の争議行為に関しては、法律上特別の禁止もしくは制限はなく、一般私企業における場合と同様に、当然に労働組合法一条二項の適用を受けるものであることに疑問の余地がなく、被告人の所属する全国総合職業訓練所職員組合秋田支部が同三八年一二月二三日以降実施した宿日直拒否闘争は、右職員組合の本部からの指令に基づき実施されたものであり、被告人のなした本件説得行為も右争議行為の一環として、右組合の要求を貫徹するためとられた補助的争議行為と解されるから、全体としての争議行為はもちろん、被告人のとつた具体的争議行為に関しても、その目的において正当な範囲を逸脱したものでないことは明らかである。

二、手段の正当性について

本件宿日直拒否闘争は、労働者が追加労働としてなす断続的労働を集団で拒否するストライキの一種であるから、その本質が集団的な労務提供の不履行たるに過ぎず、性質上その間における組合員の労働力を使用者が利用しえないだけで、使用者が対抗手段として非組合員等を使用して業務を遂行することは本来自由といわなければならないことはもちろんである。そして、本件雇用促進事業団と全国総合職業訓練所職員組合との間では当時労働協約等により争議中の職場代置禁止協定も存在しなかつたのであるから、管理者において争議中の職場代置につき非組合員のみならず、臨時に第三者を雇い入れて就労させたからといつて、その行為を当然に違法視することはできない。しかし、争議中に使用者側が臨時職員を雇い入れ、これに就労させることは、ストライキの実効を著しく減殺すること当然であり、そのため、労使間の団体交渉における実質的平等を確保できず、労使間の均衡を破るに至ることにかんがみ、これを無制限に許容すべきものではなく、組合側はこれら臨時職員の就労を阻止するため、労働組合法一条二項但書所定の暴力の行使を伴わない限度で、同人らに働らきかけて争議の趣旨を訴え、その就労をやめるよう説得することは正当な争議行為として許容されるものと解される。ただこの場合、争議行為として許容される説得の手段、方法の限界については、その行為のなされるに至つた経緯、状況および相手方の態度等要するに諸般の情況に即応して決せらるべく、一義的に定めるべきものでないことはいうまでもない。

所論は、この点に関し、多数の判例を引用しつつ、平和的で穏和な説得に限るべく、この範囲を越えて、暴行脅迫等を用いて就業を中止させようとすることは正当な争議行為の限界を越えるものであると主張する。

なるほど従来の判例において「平和的説得」なる用語が使用されていること、および暴行、脅迫等にあたる行為が行われた場合には正当な争議行為とはいえないという理由が示されていること、はいずれも所論のとおりである。

しかし、これらの判例も暴行や脅迫の構成要件に該当すれば、もはや争議行為として違法性を阻却しえない程度の暴行脅迫行為を伴うものという意味に理解すべく、この限度で労働組合法一条二項但書が暴行の行使を伴う場合について正当な争議行為とは認められないと規定していることと同意義の判示と解され、したがつて、平和的説得ということも所論のように穏和でない説得はすべて平和的でないという意味ではなく、暴力の行使を伴う場合と対比して、右の限度に至らないものを指称すると解することができるから、前記のように解することは、決して所論の指摘する判例と異なる解釈ではないのである。

そこで、かかる見地に立つて本件説得行為の具体的状況を見るに、まず工藤竹蔵の立場は、争議中使用者側によつて一時的に雇用された職場代置要員であり、その地位は争議脱落者などとは異なり組合の統制権の及ばない者であるとはいうものの、同人の就労によつて、本件宿日直拒否闘争の効果が有名無実になることにかんがみ、同人の意図はどうであれ、実質的にはスキヤツプに近い立場にあるものと考えなければならない。とくに、宿日直業務が訓練所本来の業務と対比するとき、必ずしも専門的知識や経験を要しないで業務の遂行が可能であり、かかる意味において代替性の高い業務であるから、職場代置要員を他に求めることは容易となるが、さればこそ、使用者側において軽々しく職場代置要員を他に求めることは、争議行為に対する妨害的性質を帯有することを見逃しえないのである。のみならず、本件において前記訓練所長が、争議中の職場代置につき、前記のように三回に亘りアルバイト学生を雇い入れ、これらが組合の説得によつて次々と辞めていつたのちにおいて、間髪を入れず本件工藤竹蔵を雇い入れた経過に徴すれば、使用者側において本件ストライキの効果を減殺する意図がなかつたとはいい切れないのである。

次に本件被告人の所為が暴行や器物損壊などの有形的物理力の行使を伴わず、それが若干の威圧的態度を伴つたものであるとしても、口頭による脅迫的言辞の域を出なかつたことに注意すべきである。元来労働争議行為は本質的に相手方の自由意思に圧力をかけるものでありながら、経済的弱者たる労働者が使用者に対し、実質的平等を確保するための手段として憲法上保障されていることより見れば、争議行為の際に具体的に使用された文言が、たまたま相手方の自由意思を拘束するに足りる文言であつたというだけで違法とすべきでなく、その拘束の度合等をも考慮したうえで、なお違法性が阻却される場合のあることを考慮しなければならない。進んで本件の具体的状況を検討するに、工藤に対する説得は約一時間に亘つているけれども、工藤の当日における宿直業務の遂行を阻止したり、妨害したりしたことは全くなく、同人の就労の合間に説得を続けたに過ぎず、かつその説得の態様も、扉の開け放たれた所長室の応接椅子に被告人および塚田研一が工藤と向かい合つて坐り、宿日直業務の内容や工藤の生活状態、し好品、服装などの話をとり交ぜて、工藤の就労が争議行為の貫徹にとつて迷惑であること、したがつて出来るだけすみやかに職を辞してもらいたい旨要求しているのであつて、その間の経緯には工藤の自由意思を拘束したり、ことさら威圧感を与えるものはなかつたのである。ただ、右説得の過程において、工藤が相変らず生活苦を理由に被告人の説得に全く応ずる気配を示さないところから、被告人が次第に焦燥感にかられて興奮し、大声で前記原判示のような脅迫言辞を発したことは明らかであるが、右言辞も、工藤が雇われてから一月二四日までに再三に亘る組合員の説得を受けて、自己の立場を自覚しながらなおも頑として拒否しつづけて来たことから、相当強い説得を受けることがあるかも知れないことを予測すべき地位にあつたこと、その他前記一連の説得経過、および被告人らが右言辞ののち間もなく、当日の説得活動を打ち切り、その後においても工藤は勤務を続け、同年三月上旬闘争が終了するまで臨時職員としての職務を全うしたこと等の事情に徴すれば右言辞は工藤およびその親族に対する積極的な加害の意図に出たものではなく、説得を頑くなに拒否しつづける工藤に対し、組合の団結を誇示し、争議目的貫徹の決意を表明する意図に出たものと解され、工藤においても同様に受けとつたものと推認されるのである(さればこそ同人が若干の畏怖心を抱きながらも直ちに職を辞することなく勤務を続けたものと思われる。)。したがつて、右言辞が表現上脅迫罪所定の害悪の告知にあたるものであり、発言の際若干の威圧的態度を伴つたものであるとしても、いまだ工藤の自由意思による去就を残しており、同人の意思を拘束するものではなく、争議行為として許された説得活動の範囲を逸脱した違法があるとまでは断じ難い。

なお、所論は、工藤の地位について使用者側の保安要員であると主張するが、前記訓練所の建物及び機械等の施設が公法人たる雇用促進事業団の所有にかかるものであるからといつて右が労働関係調整法三六条等にいわゆる安全保持の施設に該当するものでないことは明白であり、したがつて宿直業務を担当する職員がいわゆる保安要員として、これに対する争議行為についてなんらかの制限を伴うものとは解し難く、また工藤の雇入が争議中宿日直にあたる非組合員の健康管理上必要であつたという主張と解しても、右が非組合員五名を残す本件使用者側にとつて右非組合員らによつては右施設の維持、管理が不能であつたとまで主張するものとは解されず、せいぜい使用者側にとつて右工藤の雇入が争議行為の効果を減殺する目的でなしたスト破り的行為ではないということを意味するに過ぎないが、本件において臨時宿直員の雇入は前記事業団の通達に基づくものではあつても、具体的に非組合員のみによる宿日直業務の遂行が同人らの健康管理上困難であつたとは認め難いから、前記認定の妨げとなるものではない。

以上の次第で、本件被告人の一月二四日の説得活動は、その目的手段に照らし、憲法の保障する労働基本権の行使として、正当な争議行為としての範囲を逸脱していないから、実質的違法性を欠くものとして脅迫罪は成立しない。原判決の趣旨は右と結局において同旨であるから、所論の事実誤認および法令の解釈適用の誤は存しない。

控訴趣意第二の二(事実誤認ないし法令の解釈適用の誤の主張)について

所論は、要するに、原判決が公訴事実二について公訴事実どおりの事実を認定しながら、右事実が脅迫罪にあたらないと判断したことは、刑法二二二条の解釈適用を誤つたか、もしくは労働組合法一条二項の解釈適用を誤り、ひいては不当に違法性阻却事由の存在を認めたもので破棄を免れないというのである。

しかし、原判決が公訴事実二に関し、公訴事実どおりの事実を認定したことは所論のとおりであるが、原判決が右認定の事実から直ちにこれを脅迫罪に該当しないと判断したものでないことは、前記控訴趣意第二の一の(一)に関し説示したとおりである。そして、本件公訴事実二の被告人の発言内容が、公訴事実一の三日後である昭和三九年一月二七日午後五時ころからの工藤に対する組合の説得活動の一環としてなされたものであることにおいては公訴事実一、と同様であり、したがつて、本件の争議行為としての目的および手段の正当性については前示理由中の、一、争議行為の目的について、二、手段の正当性について、の各項において説示したところがほぼあてはまるほか、とくに本件の発言内容が、要するに工藤に対し「同人が辞めないうちは毎日説得する。」「その結果同人が精神科に行かなければならぬようになる。」というもので、結局争議目的貫徹の決意を表明し、権利行使の継続を告知したに過ぎず、特定の加害方法、加害内容の告知はなく、工藤としても引き続き説得を受けるという以上に右の文言により、自由意思を抑圧され、あるいは拘束されることはありえないこと等をも加味した諸般の情況に照らし、右言辞が表現上脅迫罪所定の害悪の告知にあたるものであり、発言の際、若干の威圧的態度を伴つたものであるとしても、いまだ工藤の自由意思による去就を残しており、同人の意思を拘束するものではなく、争議行為として許された説得活動の範囲を逸脱した違法があるとまでは断じ難い。されば、被告人の本件所為は実質的違法性を欠くものとして脅迫罪は成立しないから、結局右と同旨に出た原判決には所論の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤は存しない。

以上の次第で、論旨はいずれも理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

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